2010年08月22日
自力を育てる、楽しむことを学ばせる
![]() | サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法 池上 正 小学館 2008-01 |
旧職場の方が薦めてくれた一冊を読んだ。とても面白かった。
著者は池上正さんという、ジェフ市原のジュニアコーチをはじめ小学生のサッカー指導に30年以上従事してこられた方で、この本にはそんな池上さんのノウハウ・・というより、子どもたちへの愛が込められている。
私がこの本を読むことにしたのは、「サッカーで子どもを伸ばしたいから」ではもちろんなくて、「サッカー抜きにして勉強になる本だよ」と前述の先輩が言ったからだ。実際、出版社の商品説明にも「一見指導するコーチに対するアドバイスと思えるものも、実はわが子をサポートする父母の子育てに共通しています」とある。
「子育てに共通」というのは、それもそのはずで、著者はコーチングの難しさに煩悶した20代、突破口を求めて「スター・ペアレンティング」という子育てスキルを学んだそうだ。
「スター・ペアレンティング」とは、本書の説明を借りると「親が子育てする際にイライラしなくなる、子どもも親からあまり叱られなくなる、そのための具体的な手法・・カナダやアメリカで支持されている」ということで、正直それそのものにあまり興味を惹かれてはいないんだけど、とても大切だと思うのは、子どもの自力を育てる、自分から楽しむことを学ばせる、という考え方だ。
なので、むしろこの本は、そんな子育てスキルをサッカーコーチングに適用した実践例、なのだ。さらに、子どもとの接し方という意味で汎用性があるので、子どもと接するどんな分野でも有効だ。
以下、本書からいくつか印象に残った箇所を書き留めておこうと思う。
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2010年08月17日
『インセプション』のようで、『ワンダフルライフ』の話し。
話題の『インセプション』ですが、3週間ぐらい前に見ていました。
でもほんと、よく分かりませんでした。
以下、ネタバレします。
現実に帰るための取引によりフィッシャーの夢に潜入、3階層までネスト、インセプションに成功、
サイトーを救うためにさらに深層階へ、現実へ戻って無事に子供のもとへ帰る、
でも、ラストのコマではトーテムを映し出していて、止まるのか回り続けるのかは提示されない。
・・というところまでが理解した概要です。
でも、何かがひっかかっていて、どこか感覚としてひずみが残ります。
自分の中では、フィッシャーの夢の中に潜入した機内と、現実に目覚めるそれが全く一致しません。
だけど、それは感覚としてという話しで、つじつまを説明するには私の英語力はここまでです。
分からないながら、気になっているシーンが2つあります。
設計士を探して父親の大学に出向き、講堂で口論するシーン。
ノーラン作品常連になったマイケル・ケイン扮するコブの父親が、現実に戻るよう諭す。
「現実に戻るための、これが最後の仕事なんだ」とコブが反論する。
その時の、マイケル・ケインの顔が一つ(笑)。
そこで、コブの言う「現実」に疑問を持つことになります。
もうひとつは、4階層めでサイトーはなんであんなに歳をとっていたのかってこと。
それが、コブは一体いつからどこをさまよっているのかっていうことで、
物語は、語られているよりももっと大きい時間の中の一部に過ぎないと感じるわけですよね。
それと、コブの思い通りにならないほぼ唯一の存在が、(コブの)既成概念に捕われずに動く
設計士アリアドネなわけだけど、彼女が過去を聞きだす役(コブが吐露する相手役)を果たしていて、
本質に迫ろうとする会話がいくつかあります。
・・・というわけで、今語れることは何もなくて、DVDが出たら字幕付きでもっかい見よう(それでも英語かあ)、
いや、見て分かるまでは死ねない、と思っています。
以上が前置きで(笑)、本題は、びじうさんに教わった「インセプションに隠されたピアフの秘密」がすごくて、
Twitterで流れていくにはもったいない、書き留めておきたい、というとこです。
「インセプション」に隠された凄すぎる秘密!? エディット・ピアフの曲をスロー再生すると…
いいですか!びっくりしてください!
よし。では以下、びじうさんの補足ツイ引用します。
びじうさんのブログから、インセプション・エントリーです。
インセプションっていうかノーラン監督 (長文&スポイラー)
※「インセプション」他、「メメント」「ダークナイト」等のノーラン監督作ネタバレ全開です。
***
私がこの映画をみていて思い出していたのは、キアヌ・リーヴスの『マトリクス』でした。
そしてこれも、「現実ってなんなのか、仮想現実との境界はどこなのか、その違いの意味はなんなのか、
そもそも違いは本当にあるのか」を問う映画でした。
いつも通り話が反れますが(笑)、私はこの映画が今もとても好きです。
でも、その偏愛ゆえ、もう一度作り直されるべき映画だ、と思ったりもしています。
広げすぎた風呂敷を包み損なったけど、もっとすごい映画になるのだと思っているし、
絶対誰かが狙っていると思っていて、楽しみにしています。
夢の中でも仮想現実でも、意思によって行動できる限りは、自分の責任って変わりはないですよね。
(他者の意思があるかどうかという違いはあるんですけどね。)
「今を精一杯生きる」ということは、20代の終わり頃から私の命題でした。
だから、そういった主題の映画や小説等、心の伴侶にしているものがいくつかあります。
その一つが是枝裕和監督『ワンダフルライフ』です。
「どの一瞬を選ぶかではないんだ。どの一瞬も選び得る一瞬として生きろ、自分」と受け取りました。
ところが、当の是枝監督ときたら、当時のインタビューで「監督ならどの一瞬を選びますか?」と質問されて、
「そうねえ、考えてみたんだけどね・・・」とか答えちゃっています。
昨年の5月ぐらい、サンフランシスコで開催された映画祭で監督にお会いする機会があって、
「『ワンダフルライフ』は、ある同テーマの小説と併せて、私にとって大事な作品なんです」とお伝えしたら、
その小説は何かを確認した上で、「ほー」と興味なさそうにしていました。
だから今でも、『ワンダフルライフ』に対する私の解釈が正しいのかどうか、よく分かっていません。でした。
さて、今日図書館で、これもおもしろい偶然なのだけど、実は『メメント』を見返そうと探している時に、
ふと見つけた一本の映画があります。『after life』と書いてあります。
手にとって確認すると、それはアメリカでDVD化された『ワンダフルライフ』でした。
(タイトルを『after life』と置き直されているところが、またちょっと衝撃なんだけど、
日本より欧米で評価されたと言っても、少なくともアメリカでの解釈は違うことがこれで分かるような気がします。)
何度か見ているので見返したのは何年ぶりなのか分からないけど、今日やっと、確信に至りました。
是枝監督はちょっといじわるしていただけで、ちゃんと、「今を精一杯生きろ」と言う映画を作っていたんです。
でもほんと、よく分かりませんでした。
以下、ネタバレします。
現実に帰るための取引によりフィッシャーの夢に潜入、3階層までネスト、インセプションに成功、
サイトーを救うためにさらに深層階へ、現実へ戻って無事に子供のもとへ帰る、
でも、ラストのコマではトーテムを映し出していて、止まるのか回り続けるのかは提示されない。
・・というところまでが理解した概要です。
でも、何かがひっかかっていて、どこか感覚としてひずみが残ります。
自分の中では、フィッシャーの夢の中に潜入した機内と、現実に目覚めるそれが全く一致しません。
だけど、それは感覚としてという話しで、つじつまを説明するには私の英語力はここまでです。
分からないながら、気になっているシーンが2つあります。
設計士を探して父親の大学に出向き、講堂で口論するシーン。
ノーラン作品常連になったマイケル・ケイン扮するコブの父親が、現実に戻るよう諭す。
「現実に戻るための、これが最後の仕事なんだ」とコブが反論する。
その時の、マイケル・ケインの顔が一つ(笑)。
そこで、コブの言う「現実」に疑問を持つことになります。
もうひとつは、4階層めでサイトーはなんであんなに歳をとっていたのかってこと。
それが、コブは一体いつからどこをさまよっているのかっていうことで、
物語は、語られているよりももっと大きい時間の中の一部に過ぎないと感じるわけですよね。
それと、コブの思い通りにならないほぼ唯一の存在が、(コブの)既成概念に捕われずに動く
設計士アリアドネなわけだけど、彼女が過去を聞きだす役(コブが吐露する相手役)を果たしていて、
本質に迫ろうとする会話がいくつかあります。
・・・というわけで、今語れることは何もなくて、DVDが出たら字幕付きでもっかい見よう(それでも英語かあ)、
いや、見て分かるまでは死ねない、と思っています。
以上が前置きで(笑)、本題は、びじうさんに教わった「インセプションに隠されたピアフの秘密」がすごくて、
Twitterで流れていくにはもったいない、書き留めておきたい、というとこです。
「インセプション」に隠された凄すぎる秘密!? エディット・ピアフの曲をスロー再生すると…
いいですか!びっくりしてください!
分かりますか!びっくりが足りない?ああん、じゃあ、これをみなさい!劇中で非常に重要な役割を果たしている、フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフの「水に流して~ Non, je ne regrette rien」をスロー再生すると、なんと「インセプション」のテーマ曲にそっくりという衝撃的な事実が明らかになったという。
よし。では以下、びじうさんの補足ツイ引用します。
とういうことなのですが、そうすると、もうひとつ書いておかなければならないことが出てきます。@Bijoux01 つまり、映画館の俺達も実は夢の中にいて、上の階層で鳴っているエディット・ピアフを引き伸ばされた時間の中で聞いているという仕掛け。
びじうさんのブログから、インセプション・エントリーです。
インセプションっていうかノーラン監督 (長文&スポイラー)
※「インセプション」他、「メメント」「ダークナイト」等のノーラン監督作ネタバレ全開です。
エディット・ピアフの仕掛けと、この結論が一致してしまうんですね。で、ノーラン監督の責任感はどうなったの?ってことですが、正解を明示せず、二義的に取れるというのが一つの正解のあり方なのではないかと。この場合、正解自体には意味がないのです。正解があるとしたら「モルが正しい」だろうとびじうは思ってますが、その事に意味はありません。
何故なら、実際のところ、この映画の主題は全てが夢であろうとラストが現実であろうと変わらないからです。「後悔で一杯の孤独な老人にはならないために、今を精一杯生きよう」という一点に尽きます。その「今」が夢だろうが現実だろうか、自分の力の及ぶ範囲で戦うしかないわけで、夢の中で後悔に立ち向かい、エディット・ピアフの「後悔なんかしない」という歌声で夢から醒めて現実に立ち向かっていく、という。
そんな映画じゃないかと思いました。
***
私がこの映画をみていて思い出していたのは、キアヌ・リーヴスの『マトリクス』でした。
そしてこれも、「現実ってなんなのか、仮想現実との境界はどこなのか、その違いの意味はなんなのか、
そもそも違いは本当にあるのか」を問う映画でした。
いつも通り話が反れますが(笑)、私はこの映画が今もとても好きです。
でも、その偏愛ゆえ、もう一度作り直されるべき映画だ、と思ったりもしています。
広げすぎた風呂敷を包み損なったけど、もっとすごい映画になるのだと思っているし、
絶対誰かが狙っていると思っていて、楽しみにしています。
夢の中でも仮想現実でも、意思によって行動できる限りは、自分の責任って変わりはないですよね。
(他者の意思があるかどうかという違いはあるんですけどね。)
「今を精一杯生きる」ということは、20代の終わり頃から私の命題でした。
だから、そういった主題の映画や小説等、心の伴侶にしているものがいくつかあります。
その一つが是枝裕和監督『ワンダフルライフ』です。
人は亡くなった時、天国の入口でこう言われます。1999年の映画です。この映画を見た当時28歳の私は、
「あなたの人生の中から大切な思い出をひとつだけ選んで下さい。いつを選びますか?」
その問いかけに人々は自分の人生を振り返り、悩み、後悔し、思い出に浸る・・・。
この映画はそんな状況に置かれた死者達と、その選択を手助けする人々の物語です。
貴方の一番大切な思い出はなんですか?
「どの一瞬を選ぶかではないんだ。どの一瞬も選び得る一瞬として生きろ、自分」と受け取りました。
ところが、当の是枝監督ときたら、当時のインタビューで「監督ならどの一瞬を選びますか?」と質問されて、
「そうねえ、考えてみたんだけどね・・・」とか答えちゃっています。
昨年の5月ぐらい、サンフランシスコで開催された映画祭で監督にお会いする機会があって、
「『ワンダフルライフ』は、ある同テーマの小説と併せて、私にとって大事な作品なんです」とお伝えしたら、
その小説は何かを確認した上で、「ほー」と興味なさそうにしていました。
だから今でも、『ワンダフルライフ』に対する私の解釈が正しいのかどうか、よく分かっていません。でした。
さて、今日図書館で、これもおもしろい偶然なのだけど、実は『メメント』を見返そうと探している時に、
ふと見つけた一本の映画があります。『after life』と書いてあります。
手にとって確認すると、それはアメリカでDVD化された『ワンダフルライフ』でした。
(タイトルを『after life』と置き直されているところが、またちょっと衝撃なんだけど、
日本より欧米で評価されたと言っても、少なくともアメリカでの解釈は違うことがこれで分かるような気がします。)
何度か見ているので見返したのは何年ぶりなのか分からないけど、今日やっと、確信に至りました。
是枝監督はちょっといじわるしていただけで、ちゃんと、「今を精一杯生きろ」と言う映画を作っていたんです。
2010年08月11日
東京滞在記 ~あるいは白目の日々~
ビザの更新のため、一週間帰国してきました。
この一週間を振り返ると、白目を剥いて走り回っていた日々、ということになると思います。
8月2日にサンフランシスコ空港を発ち、日付変更線を超えて翌3日着。
約11時間のフライト。
8月3日

赤坂のホテルへ。窓からの夕景。

まずは蕎麦屋で一杯。

さっそく友人に会い、焼き鳥屋で一杯。
疲れとボケで半分眠りながら話す。友人も心配していて、
分かってるんだけどまだまだ話していたくて、電車がなくなるまでいた。
8月4日

大使館で面接。更新なので、それほど時間もかからない。
この日も猛暑だったんだけど、東京にいることが嬉しくて、
ホテルから大使館までの道をなめるように歩いた。
ひとりでに顔がほころぶのを抑えられない。コンビニだって楽しくてたまらない。

大使館での面接を終えて、日比谷へ。
旧職場を訪問。お世話になった方へ近況報告などする。
帰国のたびに生き生きとした話を聞くので、実は毎回「仕事に戻りたい」と思う。

日比谷公園の外れにある日比谷茶廊は、この季節になると毎週のように訪れた場所。
セミの声を聞きながら、そうだサンノゼにはセミがいないな、と今さらながら改めて思った。
蒸し暑くて、セミがうるさくて、毎日疲れていて、だけど、
今はそんな東京での日々が愛しくてたまらない。

有楽町へ移動。親しい友人に会う。深夜までしゃべって飲んだ。
あなたが元気になって、こんなに嬉しいことはないよ。
8月5日

目が覚めると、遠くに富士山が見えた。
・・・と、Twitterにアップしたら、
「この季節の東京で、霞むことなく富士山が見えるなんて。いい一日になりますね」
と、顔も知らないツイ友さんが返してくれた。いい一日になる。

西新宿へ。
旧職でお世話になった、一生足を向けては寝られない方のところへ。

薬膳ランチをいただきながら、いろんなお話しを伺った。
ひどく忙しい中、私のために時間を作って下さったということだけでも有難いのに、
そのうえ元気をもらうような話しばかり聞く。
いったい私は、いつになったら恩返し出来る自分として会いに行けるんだろう。

中央線に乗る。窓の外に長い長い飛行機雲が見えた。
・・・とTwitterにアップしたら、誰かが、他の人達がアップした同じ雲を結び付けてくれた。

私は日本が好きなんです。

中央線に乗った理由は他でもない。
ポケモンスタンプラリーを完成させなければ、帰国した意味がない。
・・・ウソですって。

前回帰国時は大きなお腹を抱えていた友人。そしてお腹の中にいた赤ちゃん。
「母親としての自分をみられるのは、なんだかちょっと照れる」と言っていた。
一段と美しくなった。はっきりとそう思う。
たどたどしく赤ちゃんと遊んでいた私をこっそり撮影していたようで、
後で写真が送られてきた。(上の写真)

赤坂へ。

友人と韓国料理屋へ。
会って話せる嬉しさと裏腹に、押し寄せる眠気で白目をむいている私に向かって、
彼女は「もう帰った方がいい」と言ってくれたんだけど、
ヤダヤダぜったいヤダーとだだをこねて、また深い時間までいた。

ところで、赤坂の銀だこが立ち飲み屋化していた。
みんなそうまでして飲みたいか?
・・・と、私だけには言われたくあるまい。
8月6日
午前中にビザを受け取り、期間前運転免許の更新に行った。
これで事務処理は7割完了。後は週末、実家に帰ってからの数件を残すのみ。
さあ集合だ!みんな飲むよ!

気付くと朝だった(笑)
2次会で死亡していた私を、みんな帰そうとしてくれていたらしんだけど、
私の気持ちをよく分かっている幹事のつじもが、
ここで帰したら後で私が悲しむだろう、と、たぶん抱えて3次会に行ってくれた。
おかげで途中で復活して、気持ちよく終えられた。
さすがだ!よく分かっている!
・・・いえ、反省しています。本当に。

でも、とてもとても、楽しかったね。
8月7日

数時間眠って、新幹線に乗った。
駅についてびっくり。どうすればそんなキャッチコピーになるのさ。
人を呼びたいのか、霊を呼びたいのか、よく分からない。
でも、それこそが私を生んだシュールな街ということなのかもしれない。
駅から家にも寄らず保育園に直行する。

夏祭りだ。

姪がいた。どうもどうも。

甥も。どうもー。

カメラを向けてもじっとしていない弟。
「はーちゃん(姉)、こっち向かせて」と言ったら、
「はい!」と言ってこの有様。

踊って、

氷を食べて、

ヨーヨーを釣った。

「神楽」という地方の伝統芸。
先日の上海万博にも出場したそう。

おとなしい弟が興奮している。

おとなしくない姉も興奮している。

花火が上がる。終わりが近い。

「先生さようなら。みなさんさようなら」って。
今でも言うんだ。
・・・やっと帰れる。

ふたりとも、私が渡したアメリカ土産で深夜まで遊んでいた。
「ひらがなが書けるようになったんだ」と、白目の私に何度も書いてみせてくれた。
8月8日

今日も元気だ。

父に呼ばれてカウンターに座ると、日本一のお寿司が次から次へと出てきた。
母もずいぶん元気になった。

見送られるのは、いつまでも慣れない。
いつも何かし足りていない気持ちになって、
「次に帰ってきた時にね」と思ってばかりいる。
また、次に帰ってきた時に、きっとね。

ホテルに戻る。最後の夜。
会いたかったけど会えていない人がまだまだいるんだ。
8月9日

この日は珍しく曇り空だった。
考えてみると、滞在中天気が悪かったのはこの日だけだった。

9時間のフライト。
家に着いて、買ってきた物を並べてニヤニヤした。
お土産のお菓子といただいたプレゼントが少し。
あとは全て、買いだめしたスキンケア用品と本だけ。
いつも買ってくるものの一つにクリアクリーンがある。
遊んでくれたみんな、ありがとう。
「日本にいるんですねー」とTwitterで声をかけてくれた人達、とても嬉しかった。
会いたかったのに会えなかった友達もいる。
また次回。元気で会いましょう。
この一週間を振り返ると、白目を剥いて走り回っていた日々、ということになると思います。
8月2日にサンフランシスコ空港を発ち、日付変更線を超えて翌3日着。
約11時間のフライト。
8月3日

赤坂のホテルへ。窓からの夕景。

まずは蕎麦屋で一杯。

さっそく友人に会い、焼き鳥屋で一杯。
疲れとボケで半分眠りながら話す。友人も心配していて、
分かってるんだけどまだまだ話していたくて、電車がなくなるまでいた。
8月4日

大使館で面接。更新なので、それほど時間もかからない。
この日も猛暑だったんだけど、東京にいることが嬉しくて、
ホテルから大使館までの道をなめるように歩いた。
ひとりでに顔がほころぶのを抑えられない。コンビニだって楽しくてたまらない。

大使館での面接を終えて、日比谷へ。
旧職場を訪問。お世話になった方へ近況報告などする。
帰国のたびに生き生きとした話を聞くので、実は毎回「仕事に戻りたい」と思う。

日比谷公園の外れにある日比谷茶廊は、この季節になると毎週のように訪れた場所。
セミの声を聞きながら、そうだサンノゼにはセミがいないな、と今さらながら改めて思った。
蒸し暑くて、セミがうるさくて、毎日疲れていて、だけど、
今はそんな東京での日々が愛しくてたまらない。

有楽町へ移動。親しい友人に会う。深夜までしゃべって飲んだ。
あなたが元気になって、こんなに嬉しいことはないよ。
8月5日

目が覚めると、遠くに富士山が見えた。
・・・と、Twitterにアップしたら、
「この季節の東京で、霞むことなく富士山が見えるなんて。いい一日になりますね」
と、顔も知らないツイ友さんが返してくれた。いい一日になる。

西新宿へ。
旧職でお世話になった、一生足を向けては寝られない方のところへ。

薬膳ランチをいただきながら、いろんなお話しを伺った。
ひどく忙しい中、私のために時間を作って下さったということだけでも有難いのに、
そのうえ元気をもらうような話しばかり聞く。
いったい私は、いつになったら恩返し出来る自分として会いに行けるんだろう。

中央線に乗る。窓の外に長い長い飛行機雲が見えた。
・・・とTwitterにアップしたら、誰かが、他の人達がアップした同じ雲を結び付けてくれた。

私は日本が好きなんです。

中央線に乗った理由は他でもない。
ポケモンスタンプラリーを完成させなければ、帰国した意味がない。
・・・ウソですって。

前回帰国時は大きなお腹を抱えていた友人。そしてお腹の中にいた赤ちゃん。
「母親としての自分をみられるのは、なんだかちょっと照れる」と言っていた。
一段と美しくなった。はっきりとそう思う。
たどたどしく赤ちゃんと遊んでいた私をこっそり撮影していたようで、
後で写真が送られてきた。(上の写真)

赤坂へ。

友人と韓国料理屋へ。
会って話せる嬉しさと裏腹に、押し寄せる眠気で白目をむいている私に向かって、
彼女は「もう帰った方がいい」と言ってくれたんだけど、
ヤダヤダぜったいヤダーとだだをこねて、また深い時間までいた。

ところで、赤坂の銀だこが立ち飲み屋化していた。
みんなそうまでして飲みたいか?
・・・と、私だけには言われたくあるまい。
8月6日
午前中にビザを受け取り、期間前運転免許の更新に行った。
これで事務処理は7割完了。後は週末、実家に帰ってからの数件を残すのみ。
さあ集合だ!みんな飲むよ!

気付くと朝だった(笑)
2次会で死亡していた私を、みんな帰そうとしてくれていたらしんだけど、
私の気持ちをよく分かっている幹事のつじもが、
ここで帰したら後で私が悲しむだろう、と、たぶん抱えて3次会に行ってくれた。
おかげで途中で復活して、気持ちよく終えられた。
さすがだ!よく分かっている!
・・・いえ、反省しています。本当に。

でも、とてもとても、楽しかったね。
8月7日

数時間眠って、新幹線に乗った。
駅についてびっくり。どうすればそんなキャッチコピーになるのさ。
人を呼びたいのか、霊を呼びたいのか、よく分からない。
でも、それこそが私を生んだシュールな街ということなのかもしれない。
駅から家にも寄らず保育園に直行する。

夏祭りだ。

姪がいた。どうもどうも。

甥も。どうもー。

カメラを向けてもじっとしていない弟。
「はーちゃん(姉)、こっち向かせて」と言ったら、
「はい!」と言ってこの有様。

踊って、

氷を食べて、

ヨーヨーを釣った。

「神楽」という地方の伝統芸。
先日の上海万博にも出場したそう。

おとなしい弟が興奮している。

おとなしくない姉も興奮している。

花火が上がる。終わりが近い。

「先生さようなら。みなさんさようなら」って。
今でも言うんだ。
・・・やっと帰れる。

ふたりとも、私が渡したアメリカ土産で深夜まで遊んでいた。
「ひらがなが書けるようになったんだ」と、白目の私に何度も書いてみせてくれた。
8月8日

今日も元気だ。

父に呼ばれてカウンターに座ると、日本一のお寿司が次から次へと出てきた。
母もずいぶん元気になった。

見送られるのは、いつまでも慣れない。
いつも何かし足りていない気持ちになって、
「次に帰ってきた時にね」と思ってばかりいる。
また、次に帰ってきた時に、きっとね。

ホテルに戻る。最後の夜。
会いたかったけど会えていない人がまだまだいるんだ。
8月9日

この日は珍しく曇り空だった。
考えてみると、滞在中天気が悪かったのはこの日だけだった。

9時間のフライト。
家に着いて、買ってきた物を並べてニヤニヤした。
お土産のお菓子といただいたプレゼントが少し。
あとは全て、買いだめしたスキンケア用品と本だけ。
いつも買ってくるものの一つにクリアクリーンがある。
遊んでくれたみんな、ありがとう。
「日本にいるんですねー」とTwitterで声をかけてくれた人達、とても嬉しかった。
会いたかったのに会えなかった友達もいる。
また次回。元気で会いましょう。
2010年07月26日
完走
というわけで、初ハーフマラソン、無事に、とても楽しく完走しました。
5Kから10Kに挑戦する時も、そして今回も、
「なんで二倍二倍なんだろう」って、上村愛子風に思ってたんだけど、
でも、「21Kを走るんだ」と臨む時の10Kって、
不思議なくらいただの通過点でしかなくなるもんなんだよね。
***
朝5時半にサンフランシスコに到着して、フルランナーの出発を見送り、
スタートまでは40分以上あったのでトイレに並んでいたら、
(私の直前の人が15分以上費やして)思わず1時間待たされることに。
スタートはとっくに切られてしまって、ランナーは全然見えないどころか、
スタートゲートすら撤収されかけている(大笑)。
慌てて、でも、ここで慌てると最後までもたなくなるので、自分のペースで走り始めた。
ランニングをしてる人達が多いので、走ってること自体に違和感はないのだけど、
胸のBibナンバーに気付いた人から「あれ?レース?」と声をかけられながら、
半泣きでとぼとぼ走る。
経過距離表示も、給水場も片付けてある(あるいは片付け途中)。
交通規制も解除されつつあるので、もしかしたら最後まで走らせてもらえないかもしれないな、
と不安になったんだけど、でも行くしかないし、とにかく目標だった橋までは、と思った。
5マイルを過ぎて、遠くにサンフランシスコを象徴する橋が見え始めた頃、
前を行くランナーの背中が目の端に小さく写った。
橋の直前の急な上り坂で失速する人が多かったのだろう、その人達を捕らえることが出来て、
あとは思う存分、ゴールデンゲートブリッジを満喫した。
その頃にはもう、周りには声をかけ合えるランナーがいて、やっとマラソンらしくなってきた。
海の上を走るのは気持ちいい。
車ですれ違う人達が羨んでる気がした。
サンフランシスコを走っているんだなあ、と思った。
急斜面を降りた後、最後のゴールデンゲートパークまでは、長くてゆるい上り坂になる。
目には見えているのに、行けども行けどもたどり着かない、「ここが一番苦しい」と言われる地点だ。
でも、歩かないで最後まで進めると思った。
スタートが遅れたので公式記録は残らなかったけど、手持ちの時計で2時間46分。
もしかしたら42kmだって走れるのかもしれない。
・・・うそうそ。

朝6時、フルマラソンのスタート。

スタート前の高揚感。(この後、トイレでスタックする。)

ひとりぼっちで走った最初の5マイル。遠くに橋が見え始めるあたり。(前日撮影)

いろいろあったけど、無事にゴール。

メダルを頂きました。
以下、走った気分を味わえるコースガイドです。
▼サンフランシスコマラソン・コースガイド(~10マイル)
▼サンフランシスコマラソン・コースガイド(11マイル~)
5Kから10Kに挑戦する時も、そして今回も、
「なんで二倍二倍なんだろう」って、上村愛子風に思ってたんだけど、
でも、「21Kを走るんだ」と臨む時の10Kって、
不思議なくらいただの通過点でしかなくなるもんなんだよね。
***
朝5時半にサンフランシスコに到着して、フルランナーの出発を見送り、
スタートまでは40分以上あったのでトイレに並んでいたら、
(私の直前の人が15分以上費やして)思わず1時間待たされることに。
スタートはとっくに切られてしまって、ランナーは全然見えないどころか、
スタートゲートすら撤収されかけている(大笑)。
慌てて、でも、ここで慌てると最後までもたなくなるので、自分のペースで走り始めた。
ランニングをしてる人達が多いので、走ってること自体に違和感はないのだけど、
胸のBibナンバーに気付いた人から「あれ?レース?」と声をかけられながら、
半泣きでとぼとぼ走る。
経過距離表示も、給水場も片付けてある(あるいは片付け途中)。
交通規制も解除されつつあるので、もしかしたら最後まで走らせてもらえないかもしれないな、
と不安になったんだけど、でも行くしかないし、とにかく目標だった橋までは、と思った。
5マイルを過ぎて、遠くにサンフランシスコを象徴する橋が見え始めた頃、
前を行くランナーの背中が目の端に小さく写った。
橋の直前の急な上り坂で失速する人が多かったのだろう、その人達を捕らえることが出来て、
あとは思う存分、ゴールデンゲートブリッジを満喫した。
その頃にはもう、周りには声をかけ合えるランナーがいて、やっとマラソンらしくなってきた。
海の上を走るのは気持ちいい。
車ですれ違う人達が羨んでる気がした。
サンフランシスコを走っているんだなあ、と思った。
急斜面を降りた後、最後のゴールデンゲートパークまでは、長くてゆるい上り坂になる。
目には見えているのに、行けども行けどもたどり着かない、「ここが一番苦しい」と言われる地点だ。
でも、歩かないで最後まで進めると思った。
スタートが遅れたので公式記録は残らなかったけど、手持ちの時計で2時間46分。
もしかしたら42kmだって走れるのかもしれない。
・・・うそうそ。

朝6時、フルマラソンのスタート。

スタート前の高揚感。(この後、トイレでスタックする。)

ひとりぼっちで走った最初の5マイル。遠くに橋が見え始めるあたり。(前日撮影)

いろいろあったけど、無事にゴール。

メダルを頂きました。
以下、走った気分を味わえるコースガイドです。
▼サンフランシスコマラソン・コースガイド(~10マイル)
▼サンフランシスコマラソン・コースガイド(11マイル~)
2010年07月24日
サンフランシスコマラソン
明日はサンフランシスコマラソンです。
SFベイから北へ向けて海沿いを走り、ゴールデンゲートブリッジを渡って折り返し、
街を抜けてゴールデンゲートパークでゴール。21Kのハーフマラソンです。
5K,10Kとフルマラソンもある(恐らく)北カリフォルニア最大のこのレースは、
実はハーフマラソンが一番魅力的なんじゃないかなあ、と思います。
だって、海を出発して橋を渡り、街のシンボル的セントラルパークでゴール出来るのだから。
前日の今日はEXPOへ行って、Bibと呼ばれるゼッケンとスタート/ゴール記録用のICチップを受け取り、
参加者に無料配布されるTシャツをもらって、ついでに車でコースを確認して来ました。
急な上り坂と長い下り坂、力の配分をイメージしていたら、たまらなく走りたくなってきました。
思えば昨年、このサンフランシスコマラソンの5Kが、アメリカでの最初のレースでした。
その少し前に母の癌を知り慌てて帰国して、通院に付き添って医師の説明を噛み砕きながら、
学生の頃走っていた運動公園を毎日走ったこと、その時の気持ちは今も鮮明に残っています。
練習し始めた最初の頃は、1K程度でも息があがって5Kなんて想像つかなかったけど、
いざ本番になるとゴールを切るのがもったいないくらい、もっと走りたいと思っていました。
ところが2ヵ月後、タホで10Kを走ってみると、高地だったこともあってとても付いていけず、
途中何度か歩きながら、タホ湖に面した終点にやっとの思いでたどり着いたのでした。
それから数ヵ月後、サンタクルーズで走った10Kは、
あのタホの地獄の同距離が嘘だったみたいに、終始気持ちよく走れていました。
そして5月、BayToBreakersで12Kを走ったのは、
このハーフマラソンに向けて10K以上の距離を経験しておきたかったからです。
半分お祭り的なレースだったこともあって、ギャラリーも大騒ぎで、こんなに楽しいレースはなかった。
とにかく、うーん、何に対してだか分からないけど、自信を持って走れた初めてのマラソンでした。
そんなふうにちょっとずつ、難しかったことが難しくなくなって、
限界点が高いところへ、あるいは遠いところへ自然と移っていって、
自分を鍛えるというのは、そういうほんの小さなことの積み重ねなんだなあ、と思うのです。
全く前進しているのかいないのか分からない不安な毎日の中で、ひとつ自信に繋げられる、貴重な何かなのです。

(2009.7.26 The San Francisco Marathon)
SFベイから北へ向けて海沿いを走り、ゴールデンゲートブリッジを渡って折り返し、
街を抜けてゴールデンゲートパークでゴール。21Kのハーフマラソンです。
5K,10Kとフルマラソンもある(恐らく)北カリフォルニア最大のこのレースは、
実はハーフマラソンが一番魅力的なんじゃないかなあ、と思います。
だって、海を出発して橋を渡り、街のシンボル的セントラルパークでゴール出来るのだから。
前日の今日はEXPOへ行って、Bibと呼ばれるゼッケンとスタート/ゴール記録用のICチップを受け取り、
参加者に無料配布されるTシャツをもらって、ついでに車でコースを確認して来ました。
急な上り坂と長い下り坂、力の配分をイメージしていたら、たまらなく走りたくなってきました。
思えば昨年、このサンフランシスコマラソンの5Kが、アメリカでの最初のレースでした。
その少し前に母の癌を知り慌てて帰国して、通院に付き添って医師の説明を噛み砕きながら、
学生の頃走っていた運動公園を毎日走ったこと、その時の気持ちは今も鮮明に残っています。
練習し始めた最初の頃は、1K程度でも息があがって5Kなんて想像つかなかったけど、
いざ本番になるとゴールを切るのがもったいないくらい、もっと走りたいと思っていました。
ところが2ヵ月後、タホで10Kを走ってみると、高地だったこともあってとても付いていけず、
途中何度か歩きながら、タホ湖に面した終点にやっとの思いでたどり着いたのでした。
それから数ヵ月後、サンタクルーズで走った10Kは、
あのタホの地獄の同距離が嘘だったみたいに、終始気持ちよく走れていました。
そして5月、BayToBreakersで12Kを走ったのは、
このハーフマラソンに向けて10K以上の距離を経験しておきたかったからです。
半分お祭り的なレースだったこともあって、ギャラリーも大騒ぎで、こんなに楽しいレースはなかった。
とにかく、うーん、何に対してだか分からないけど、自信を持って走れた初めてのマラソンでした。
そんなふうにちょっとずつ、難しかったことが難しくなくなって、
限界点が高いところへ、あるいは遠いところへ自然と移っていって、
自分を鍛えるというのは、そういうほんの小さなことの積み重ねなんだなあ、と思うのです。
全く前進しているのかいないのか分からない不安な毎日の中で、ひとつ自信に繋げられる、貴重な何かなのです。

(2009.7.26 The San Francisco Marathon)
2010年07月16日
6月のソノマ
ナパやソノマのワイナリーは、葉が色づく秋の景色が好きなのだけれど、
ラベンダーが満開だと聞き、6月の終わり、行ってきました。
その前に「ソノマに行くならあそこにも!」と以前通りかかって気になっていた the fig cafe へ寄り道。

天気のいい日。可愛いロッジ風のたたずまい。

店内はフレンチカジュアル。

まずは日替わりのみのスープから。この日は冷製のオレンジ&キャロット。
実は、私のほぼ唯一の苦手食材が人参なのだけど、
これは90%オレンジ風味。帰宅後マネしてみたくらい、ほんと美味しかった。

窓から日が差す。ふぅ、っと、気持ちがほぐれる。

と言ってたら運ばれてきました。果物いっぱいのっかったフレンチトースト!

こちらはトップサーロインハンバーガー!
パンの蓋を開けると、そこにはもうほぼステーキが。たまらん。
これからワイナリーへ向かうのでアルコールは控えて店を後に。

ところでここは、GLEN ELLENという通り。
隣にはここも人気のレストラン兼B&B(ベッド&ブレックファスト)があります。
ナパ-ソノマには、ワインに合うオイスターバーを構えているレストランが多い。
次回はここに挑戦してみたいなと思う。
ラベンダー畑のあるワイナリーに到着すると、イベント中で入れず。
でも丁寧にテイスティング無料券をいただいて、上機嫌でもうひとつ目的地に向かいました。

ほんのり和心を感じるこのワイナリーは、Paradise Ridge。

「晴れた日には太平洋まで眺望がとどく」と言われる景色の良さも評判です。
いくつかのワインをいただいて、最後に薦められたのは「NAGASAWA」という名前の一品・・・

実はここ、カリフォルニアのブドウ王と呼ばれた長澤鼎(かなえ)さんを記念したワイナリー。
和心の理由は、そういうことなのかもしれません。

長澤さんは開国時にヨーロッパ文化を学ぶためイギリスに渡り、そこで葡萄栽培に出会い、
後にカリフォルニアで農園を開いた方。
衣類も(なんと真剣も!)展示されていたのでちょっと並んでみたのですが・・・
分かりますか?こんなに小柄。隣の比較対象人は156cm程度です。

いつもなら3つ4つ回るんだけど、あんまり落ち着くのでしばらくのんびり葡萄を眺めていました。
・・・ところでこのエントリー、写真は全て携帯(NexusOne)で撮りました。
なかなか板についてきたかなと思うのだけど、どうでしょう?
▼the fig cafe
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▼Paradise Ridge
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ラベンダーが満開だと聞き、6月の終わり、行ってきました。
その前に「ソノマに行くならあそこにも!」と以前通りかかって気になっていた the fig cafe へ寄り道。

天気のいい日。可愛いロッジ風のたたずまい。

店内はフレンチカジュアル。

まずは日替わりのみのスープから。この日は冷製のオレンジ&キャロット。
実は、私のほぼ唯一の苦手食材が人参なのだけど、
これは90%オレンジ風味。帰宅後マネしてみたくらい、ほんと美味しかった。

窓から日が差す。ふぅ、っと、気持ちがほぐれる。

と言ってたら運ばれてきました。果物いっぱいのっかったフレンチトースト!

こちらはトップサーロインハンバーガー!
パンの蓋を開けると、そこにはもうほぼステーキが。たまらん。
これからワイナリーへ向かうのでアルコールは控えて店を後に。

ところでここは、GLEN ELLENという通り。
隣にはここも人気のレストラン兼B&B(ベッド&ブレックファスト)があります。
ナパ-ソノマには、ワインに合うオイスターバーを構えているレストランが多い。
次回はここに挑戦してみたいなと思う。
ラベンダー畑のあるワイナリーに到着すると、イベント中で入れず。
でも丁寧にテイスティング無料券をいただいて、上機嫌でもうひとつ目的地に向かいました。

ほんのり和心を感じるこのワイナリーは、Paradise Ridge。

「晴れた日には太平洋まで眺望がとどく」と言われる景色の良さも評判です。
いくつかのワインをいただいて、最後に薦められたのは「NAGASAWA」という名前の一品・・・

実はここ、カリフォルニアのブドウ王と呼ばれた長澤鼎(かなえ)さんを記念したワイナリー。
和心の理由は、そういうことなのかもしれません。

長澤さんは開国時にヨーロッパ文化を学ぶためイギリスに渡り、そこで葡萄栽培に出会い、
後にカリフォルニアで農園を開いた方。
衣類も(なんと真剣も!)展示されていたのでちょっと並んでみたのですが・・・
分かりますか?こんなに小柄。隣の比較対象人は156cm程度です。

いつもなら3つ4つ回るんだけど、あんまり落ち着くのでしばらくのんびり葡萄を眺めていました。
・・・ところでこのエントリー、写真は全て携帯(NexusOne)で撮りました。
なかなか板についてきたかなと思うのだけど、どうでしょう?
▼the fig cafe
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▼Paradise Ridge
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2010年07月09日
How about possible?
なんだか元気が出なくて、書きたいことがあることはあるんだけど、
書いてみても気に入らなかったり、言いたいことではないように思えたり、
何がか分からないけど、何かが恐くなったりして前に進みません。
そんな訳で他力本願ではありますが、元気が出る映画のことを書こうと思います。
時々、好きな映画・・・ストーリーがいいとか、ダイアローグが魅力的だとか、
理由はいろいろなんだけど、ネイティブスピーカーの口語表現の勉強のつもりで訳したりします。
(英語の勉強は、夢中になれる文章と出会うのが一番だと思います。)
これはストーリーも会話も好きで、スクリプトをなぞっては元気になる、
気持ちが落ち着く、そういう映画です。
あ、それに、ベガスの風景を懐かしく思い出せます。
ベガスの、狂乱の繁華街と殺伐とした砂漠のコントラストがおもしろいんです。
続きを読む書いてみても気に入らなかったり、言いたいことではないように思えたり、
何がか分からないけど、何かが恐くなったりして前に進みません。
そんな訳で他力本願ではありますが、元気が出る映画のことを書こうと思います。
時々、好きな映画・・・ストーリーがいいとか、ダイアローグが魅力的だとか、
理由はいろいろなんだけど、ネイティブスピーカーの口語表現の勉強のつもりで訳したりします。
(英語の勉強は、夢中になれる文章と出会うのが一番だと思います。)
これはストーリーも会話も好きで、スクリプトをなぞっては元気になる、
気持ちが落ち着く、そういう映画です。
あ、それに、ベガスの風景を懐かしく思い出せます。
ベガスの、狂乱の繁華街と殺伐とした砂漠のコントラストがおもしろいんです。
It's hard.
You can't plan it.
You have to watch people more.
Sort of keep an eye on them to protect them..
because they can't always see what they need.
It's like your big chance to fix something that's not like your bike.
You can fix a person.
難しいことだと思う。
計画立てて実行できるようなものじゃないんだ。
もっと人を、よく見ていないといけないんだ。
人を救うためには、もっと彼らに目を向けなくちゃいけない。
だって、そういう人達って、自分でもどうしたらいいのか、
何が必要かも分からないんだから。
何が必要かも分からないんだから。
僕達にとっても、いいチャンスなんだよ。
何かを修復する、自転車とかそんなんじゃなくて・・・
人を再生することだって出来るんだ。
